サマルカンドは、なぜ青い?
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以前、SNSで見かけたスマートフォンケースを購入したことがあります。


左:ゴレスターン宮殿をモチーフにしたスマートフォンケース。この記事の出発点になった一品。Photo: monbaza
右:ゴレスターン宮殿のタイル装飾。Photo: Diego Delso, delso.photo / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0 / cropped
イランのゴレスターン宮殿をモチーフにしたデザインで、色鮮やかなタイルの模様が気に入り、何気なく使い始めたのですが、それをきっかけに「こういう建築はほかにもあるのだろうか」と興味を持ちました。

テヘランのゴレスターン宮殿。鮮やかなタイル装飾が、建築の表面を彩っている。Photo: Diego Delso / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
モスクのドーム、幾何学模様、植物を思わせる装飾、壁一面を覆うタイル。少しずつイスラム圏の建築や装飾に興味を持つようになり、その中で何度も目に入ってきた都市があります。
ウズベキスタンのサマルカンドです。
深い青。鮮やかな青。少し緑がかった青。巨大な門やドームを覆う色を見ていると、まるで「青い都市」のように感じます。
そこで、ひとつ疑問が生まれました。
なぜ、サマルカンドはこんなに青いのでしょうか。
シルクロードの交差点、サマルカンド
サマルカンドは、中央アジアの交通・交易の要衝として長い歴史を持つ都市です。
UNESCOも世界遺産の登録名称で、サマルカンドを “Crossroad of Cultures(文化の交差点)” と表現しています。
街が大きく発展した時代のひとつが、14世紀末から15世紀にかけてのティムール朝です。
ティムールはサマルカンドを帝国の首都とし、大規模な建築事業を進めました。その建設には、征服地からサマルカンドへ移された多くの職人や芸術家も携わりました。その中には、強制的に移住させられた人々もいたことが記録されています。
ビビ・ハヌム・モスク、グーリ・アミール廟、そして、その後の時代に現在の姿へと形成されていくレギスタン広場。
サマルカンドを代表する建築には、青やターコイズの装飾が繰り返し現れます。
最初は、「この土地では、青い材料が手に入りやすかったのだろうか」と思いました。
しかし調べていくと、それだけでは説明できないことが分かってきました。
サマルカンドの「青」は、一つではない
まず面白かったのは、私たちが一言で「青」と呼んでいる色が、実際には一種類ではないということです。
1400年頃に建てられたビビ・ハヌム・モスクの青色系の施釉陶器を科学的に分析した研究があります。
この研究で分析された試料では、ターコイズや青緑系の釉薬では主に銅イオンが、濃い青では主にコバルトイオンが発色に関わっていることが確認されています。
つまり、写真を見て私たちがひとまとめに「青」と呼んでいる色の中にも、異なる発色の仕組みがあるのです。
しかも、色を決めるのは銅やコバルトだけではありません。釉薬の組成や、透明か不透明か、その下にある素地などによっても、色の見え方は変化します。
中央アジアの陶芸では、植物灰を利用した釉薬技術も知られています。ウズベキスタンで「ishkor(イシュコール)」と呼ばれる伝統的な釉薬もそのひとつです。
ただし、ishkorそのものが青い色を生み出すわけではありません。植物灰に含まれるアルカリ成分は、ガラス質の釉薬を作るための材料として働き、青を発色させる成分とは役割が異なります。
発色成分、釉薬、素地、熱、そして職人の技術。
サマルカンドの青は、それらの組み合わせによって生み出されていました。
「青い石がたくさんあったから、青い建物を作った」
というほど単純な話ではなかったのです。

ビビ・ハヌム・モスクの装飾ディテール。ターコイズや濃い青など、異なる青が組み合わされている。
Photo: User:Faqscl / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0 / cropped
三つの建築、三つの青
同じサマルカンドでも、青の見え方は建築によって違います。
ビビ・ハヌム――広がる青
ティムールの命によって1399年から1404年頃に建設された、巨大な金曜モスクがビビ・ハヌムです。
ここでは青が、小さな装飾として使われているだけではありません。巨大な門や壁面、ドームへと、施釉煉瓦やタイルによる色彩が広がっています。
使われているのも青一色ではなく、ターコイズ、濃い青、白、黒など、複数の色が組み合わされています。一部のタイルには金彩も確認されています。
それでも強く印象に残るのは、青を中心とした色彩が巨大な建築の表面そのものへ広がっていることです。
サマルカンドの青が特別に感じられる理由のひとつは、色そのものだけではなく、その「スケール」にあるのかもしれません。

ビビ・ハヌム・モスク。巨大な建築の表面に、青やターコイズを中心とした装飾が広がる。
Photo: Bgag / Wikimedia Commons / CC0
グーリ・アミール――空へ伸びる青
グーリ・アミールでは、青の見え方が少し違います。
もともとはティムールの孫ムハンマド・スルタンのための墓廟として建設が始まり、のちにティムール自身もここに葬られました。
もっとも印象的なのは、高くそびえるリブ付きのドームです。青やターコイズ系のタイルで覆われ、遠くからでも強く目に入ります。
ビビ・ハヌムが「広がる青」なら、こちらは「空へ伸びる青」とでも言えるでしょうか。
一方、内部へ入ると印象は大きく変わります。下部にはオニキスの装飾があり、その上にはムカルナス、さらに上部の壁面には金と青を使った装飾が見られます。
外側では、空へ向かう青。内側では、金と青を中心とした華やかな装飾。
同じ建物でも、場所によって色の見せ方が変わるのが興味深いところです。

グーリ・アミール廟。青とターコイズのリブ付きドームが、建物の印象を強く形づくっている。
Photo: Ziad8960 / Wikimedia Commons / CC0
レギスタン――異なる時代がつくった景観
サマルカンドと聞いて、多くの人が思い浮かべるのがレギスタン広場かもしれません。
広場の三方を、三つの巨大なマドラサが囲んでいます。一見すると同じ時代に計画されたように見えますが、実際には違います。
最も古いウルグ・ベク・マドラサは15世紀初頭。一方、シェル・ドル・マドラサとティラ・カリ・マドラサが加わったのは17世紀です。
最初と最後の建物の間には、200年以上の時間があります。
装飾も同じではありません。シェル・ドルには動物と人面の太陽を組み合わせた特徴的なモチーフがあり、ティラ・カリでは内部の金色の装飾が大きな存在感を持っています。
それでも現在の広場では、青やターコイズを含むタイル装飾が、異なる時代の建物を視覚的につないでいます。
レギスタンは、異なる時代の建築が重なりながら、一つの景観をつくっている場所なのです。
レギスタン広場。15世紀から17世紀にかけて建てられた三つのマドラサが、一つの景観をつくっている。 Photo: Bernard Gagnon (Bgag) / Wikimedia Commons / CC0
イスラム建築は、青い?
ここまで見ていると、「イスラム建築といえば青なのだろうか」と思いたくなります。
でも、ほかの地域へ目を向けると、そう単純ではありません。
イランのイスファハーンにも、青やターコイズが印象的なモスクがあります。特にサファヴィー朝期には、青だけでなく黄色、緑、白など複数の色を組み合わせるハフト・ランギ(七色タイル)と呼ばれる多色タイル技法も発達しました。

イスファハーンのイマーム・モスクに見られるハフト・ランギのタイル装飾。青を基調にしながら、複数の色を組み合わせた表現が特徴的。
Photo: Kimiakardani / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
モロッコのフェズでは、小さく切った施釉タイルを組み合わせるゼリージュ(zellij)がよく知られています。青だけで大きな面を覆うのではなく、緑、黄、白、茶なども組み合わせながら複雑な幾何学模様を作り、さらに彫刻を施した漆喰や木工など、異なる素材が空間を構成します。
フェズのブー・イナーニーヤ・マドラサ。ゼリージュと漆喰装飾が組み合わされ、色と素材の重なりが空間をつくっている。 Photo: JasmineartGallery / Wikimedia Commons / CC0
インドのムガル建築へ目を向けると、さらに印象が変わります。フマーユーン廟では赤い砂岩と白い大理石の対比が建築の印象を作り、後のタージ・マハルでは白い大理石が建築全体を特徴づけています。大理石には石を埋め込む象嵌装飾も用いられました。

フマーユーン廟の外観。赤い砂岩と白い大理石の対比が、ムガル建築の印象を大きく形づくっている。
Photo: Mbigul / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
同じイスラム圏でも、建築を特徴づける色や素材は大きく違います。
イスラム建築だから青い、というわけではありません。
むしろ、サマルカンドでこれほど青が印象に残ること自体に、この土地の建築文化の特徴が表れているように思えます。
なぜ、サマルカンドは青いのか
最初の疑問に戻ります。
なぜ、サマルカンドは青いのでしょうか。
どうやら、一つだけの理由では説明できません。
中央アジアで発達してきた施釉煉瓦やタイルの技術。銅やコバルトなどを使い、さまざまな青を作った職人たち。それを巨大な建築の表面へと展開したティムール朝の建築事業。
そして、広域交流の結節点だったサマルカンドという場所。人や技術、意匠が行き交う環境も、この街の建築文化を考えるうえで重要な背景でした。
さらに、ティムール朝より後の時代にも、青やターコイズを含むタイル装飾を持つ建築がサマルカンドに作られていきました。
そうしたものが長い時間をかけて重なり、現在の「青いサマルカンド」という景観につながっています。
ただし、もう一つ覚えておきたいことがあります。
現在目にするサマルカンドの歴史的建築のすべてが、建設当時の姿のまま残っているわけではありません。
長い年月の中で地震や風化などによる損傷を受け、近現代に大規模な修復・再建が行われた部分もあります。
だから、今見えている青を、そのまま15世紀や17世紀の色として見ることはできません。
むしろ今回調べてみて興味深いと感じたのは、「サマルカンドは青い」という現在の印象そのものにも、何百年もの建築と修復の歴史が重なっているということでした。
色を見ると、その土地が少し見えてくる
最初は、「青い材料が豊富だったから、サマルカンドは青くなったのでは」と考えていました。
でも、実際はもっと複雑でした。
同じ青でも、銅による青とコバルトによる青がある。同じ街でも、建築によって青の使い方が違う。そして同じイスラム圏でも、場所が変われば、材料も技法も色の見せ方も変わる。
今回の記事では、それを
土地 × 技術 × 交易 × 時代 × 美意識
という五つの視点で考えてみました。
もちろん、建築の歴史をこの五つだけで説明できるわけではありません。ただ、「なぜ、この色なのだろう」と考えるための入口にはなりそうです。
色を見ることは、その土地で何が採れたかを見るだけではありません。
どんな技術が育ったのか。どんな人や物が移動したのか。誰が建物を造らせたのか。その時代に、どんなものが美しいと考えられていたのか。
そんなものまで、少しずつ見えてきます。
一つのスマートフォンケースから始まった興味が、イランの宮殿からイスラム圏の建築へ、そしてサマルカンドへとつながりました。
普段何気なく見ている色にも、
「なぜ、この色なんだろう?」
と問いを立ててみる。
すると、その向こう側に、思っていたよりずっと広い世界が見えてくることがあります。
いつかサマルカンドを訪れることがあれば、青いドームを見上げながら、その色だけではなく、そこに重なってきた長い時間にも目を向けてみたいと思います。

サマルカンドの「青」を考えるための五つの視点。土地、技術、交易、時代、美意識が重なって色の背景を形づくる。 Illustration: monbaza
(参考資料)
UNESCO World Heritage Centre, Samarkand – Crossroad of Cultures
UNESCO World Heritage nomination documentation for Samarkand
Encyclopaedia Iranica, Central Asian / Timurid architecture related entries
A. Ben Amara, research on the blue-glazed ceramics of the Bibi-Khanum Mosque
Getty Conservation Institute, research on Ishkor Glazes of Uzbekistan
Leiden University, Iran Turan project: Samarkand monuments
The Metropolitan Museum of Art, resources on Timurid, Safavid and Mughal art